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Tokyo

2019.06.13 (Thu)


芸術を堪能する
濃厚な2日間の東京旅から帰ってきた。


鑑賞作品の素晴らしさを伝えたい。
けれど、私の言葉の引き出しには
この作品たちに相応しい言葉が
見当たらない。


誰か教えてほしい。






なぜ、
上半分が溶けてしまったモネの睡蓮の前で
突然涙がこぼれたのか



なぜ、
クリムトのベートーベンフリーズのコの字型の展示の中で
あれほどの大勢の
「歓喜の歌」が心に沸き起こったのか



なぜ、
サントリーホールで
ラフマニノフのピアノコンチェルト2番の二楽章を聴いていたはずの私が
マンタの群れが悠然と泳ぐ青い海の中にいて
光の筋が縦にいくつも差し込んで
音が降ってくる光景を見て
泣いていたのか



なぜ、
シーレの描いた枯れたひまわりの前で
胸に大きな何かを撃ち抜かれたように
動けなくなったのか



なぜ、
黒いコートの下で
「光は見えたの?」と聞かれて
アウシュビッツの遺構の中に迷い込んだような
息苦しさに引きずりこまれたのか



誰か
誰か
誰か
教えてほしい








野道

2019.05.10 (Fri)



私の家の横に 狭い抜け道がある。
コンクリートと砂利の
味気ない道だった。

ここを「野道」にしようと決意して3年。
やっと形になってきた。


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わが家の裏に玄関があるお宅のために
造った道だと思うのだが、
今は空き家になっている。
だから
この道を通るのは
ご近所さん3人くらいと
近所の自由猫だけ。
ほぼ、私の道だ。

「雑草をひきなさ----い」
3年前は
叫ぶ母をたしなめるのに苦労していた。
黙って引き抜かれたことも度々。
それでも私は
散歩の途中に拾った小さな丸い石を
少しづつ敷いた。
見つけた小さな野の花を
移植した。
どこからか種が飛んできた見知らぬ花も
勢力を拡大できるよう見守ってきた。

ひと月前、
この道を時折通る
ご近所の老夫婦と出会った。

「もうこの辺に 野原も 野の草も
見かけんから、この道を歩くのが楽しみなんよ~」

この賛美の言葉が嬉しく、
100人の味方を得たつもりで
母にその話をした。
「へ----。そうなん?めずらしい人。私は草は嫌い。」
いつも通り辛辣な母だったが
それ以降
勝手に草を引かなくなった。


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とは言っても
自然に任せていると荒地になる。
だから、これでも、ほとんど毎日、
私なりのルールに沿って草引きをしている。
背が高くなる草、イガイガやチクチクのある草は、
小さいうちに こまめに引く。
葉が大きくなって、重なってきたら 間引く。
色が悪くなったり朽ちた葉は 除く。

そこまでして、
「野道」と言えるのか?
私は何ものだ?
この道の支配者か?
私の世界観にそぐわないからといって
引かれる草にも
命はあるのだ。

そんなことを思いながら
私は今日も
「野道」の完成を目指して
草を引く。














五月

2019.05.10 (Fri)




私の町の5月のシンボルは
冨士山(とみすやま)のツツジだ。

50年近く前に植えられ始めたツツジは
どれも大木で
一本の木に咲く花の数は
100を超えているだろう。
そんな大木が6万本。
見頃の一週間は、
私の住む麓の町から眺めても見事だ。
それは抹茶のかき氷にバニラアイスをのせて
その上からアイスが見えないほど、
フランボワーズソースをたっぷりかけた、
という感じ。
実際の花の色は
赤も黄色もピンクも白もあるのだが、
離れて見る山は燃えるがごとく。

「今年はあと2.3日かね~」
「そうやね。じき、満開やね」
ふもとの町の人が
そんな会話をするのが
4月の終わりごろのお決まり。

でも今年は違っていた。

「いつの間にか終わっとったんかな」
「いや~たぶん これからよ」
近所のお年寄りが会話している。

結局、
今年の冨士山は色づかなかった。
こんなことは私の記憶にないことだ。

昨年の7月、豪雨による川の氾濫で
この町は、
かつてない被害を受け、
町は機能停止した。
全てが被災者の生活復興を優先。
被災した老人は虚ろな目をし
店を失った人は闘いの目をしていた。
被災しなかった人は肩身が狭く、
ボランティアに走るか
息をひそめて自粛の日々が続いた。

人々の息苦しさや、
溜息や嘆きが
山に溜まったのかもしれない。
山の手入れが後回しになったのかもしれない。
忘れていたのかもしれない。
とにかく
そんな年だったのだ。

緑色のままの冨士山を見ながら
花は正直だ、と思った。








平成最期の桜ドライブ

2019.04.03 (Wed)


教官へ


4月2日恒例の桜ドライブをありがとうございました。

今回のルートは
「新生Roy's経由、R197号線を高知方面へ。
目的地は 山賊茶屋 と 布施ヶ坂の道の駅」

長距離指定の有無を言わさぬ依頼を
快く受けてくださり感謝です。


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天気は晴れだけど
寒の戻りで、風は身を切る冷たさ。

でも 語り尽くせない絶景続きの
このドライブコースは圧巻。

「今年が最高でしたね。」
と毎年言う私。

去年は天国に一番近い場所。
そして今年は、桃源郷。

山里で丁寧な暮らしを営む人々の
花を愛し、里を愛する気持ちがいっぱいにあふれた
あたたかい風景。

陽光を浴びる
小さな段々畑。
民家を支える石垣から
零れるように踊る レンギョウの黄色い花。
庭先の唐紅は、ボケ。
枝垂桜と色を競って咲く、桃の花。
ひときわ大木で
春の嵐に身を任せ
大きな白い花びらを飛ばしていたのは
こぶしの花。

峠に近づくほど、山里の色が
濃く、多彩で、華やかになるのは、
春を待ち遠しく思っている人々の
気持ちの表れでしょうか。

西予市城川町から鬼北町(旧日吉村)への道は
格別で、桃源郷と見まごう美しさ。

さらに
たくさんの苗木が植樹されているのを見て、
来年も再来年も
この季節に訪れたいと思わせてくれました。





教官のふるさとも
私の町も
そしてこの城川町も
豪雨災害の復興は、道半ば。

だけどこうして、
5年後、10年後に桃源郷になっていく
自分たちの里のイメージを描いて
植樹する人たちがいる。
そのことが何よりもうれしく
励まされました。

災害に強い町は
土砂止めや堤防が高くなった町ではなく、
人々がつながって、助け合って
同じ夢を描いている町ではないのか。
一緒に桜を植える人々が住む町ではないのか。
そんなことを思いました。

Even if I knew that tomorrow the world go to pieces,
I would still plant my apple tree.

誰にも平等なのは、
「たしかな明日が約束されていない」こと。
だからこそ
今日をまじめに丁寧に無理せず
生きたいと思うのです。

いつものBGM 
Have You Ever Seen the Rain を流しても
もう涙はありません。
彼の声のイメージは遠くなったけど
存在を感じる距離は近くなってきました。
居なくなったわけじゃない。
もう、どこにも行かないのだと
そばにいてくれるのだと
思えるようになりました。





県境あたりで、からんからんと音がして
マフラーが外れて......

それでも
教官が一緒だから
私は何の不安もなく。
車の下にもぐって
マフラーと格闘する教官を後目に
笑いがこみあげてくるばかり。

そんな中、
ごーーっと音を立てて
嵐のような突風が一度だけ吹いてきて
彼の企てたハプニングなんだな、と思いました。

7回目の桜ドライブ。
今年もありがとう。
















臥龍の淵にて

2018.08.18 (Sat)



神が天地(あめつち)を分かつ日、
神は一対の龍を分けてそれぞれに与えた。

一つは地に降りて肱川となり
もう一つは天に昇り、
天の川の星々となった。

地の龍の
天の龍への愛しさは夜ごと募り
夜明け前には川霧となって
天へ天へと立ち昇り、
瀬戸の海と出会うと、あらしになった。

天の龍の
地の龍への愛しさは
自らを雲で覆い尽くして
涙雨を降らせ
これに地の龍は乱舞して応えた。

時に、
地の龍を抱く山や谷や里にも
妬みを憶えた天の龍が
降らせた激しい怒りの雨は
地の龍とともに全てを呑み込んで、
瀬戸の海に
土色の哀しみが吐き出された。





2018年7月7日 天の川豪雨。

神代の時代から肱川が繰り返す
止むことのない
朝霧とあらしと洪水。

龍の愛の物語。



              2018年8月17日 肱川臥龍の淵にて

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