清楚な混沌

2017.08.18 (Fri)





興味本位で楽譜を買った。





エリック・サティの 「グノシエンヌ」。


「ジムノペディ」の官能的な感じとも異なり
シルクロードの西の果ての国から
聴こえて来るようなメロディライン。
嫌いではない。
ただ、
楽譜に小節の区切りが無い?
と知って、手に入れたくなったのだ。









確かに、最後まで小節の区切りが無い。


しかも
速度用語 のような解説が長くて中傷的。










聴いていると 音はシンプル。

黄昏時のシェヘラザードを想わせるような
清楚な踊り手が
物憂げにシルクのドレスを揺らす。

しかし
弾き手にとっては
とてつもなく広大で深淵な
混沌とした
でもどこか整然とした

宇宙空間のような一小節なのだ。






心の終戦

2017.08.17 (Thu)




DVDに撮り溜めた
終戦記念日前後の
NHKのドキュメンタリー番組を
ひたすら観た。


「戦争」という狂気の中で
生きることは、
敵を殺すこと。
そして
戦争を生き残って、
「戦後」を生きるということは、
自分のココロを殺すこと。

そう、認識した。










私たち現代日本人の多くは
殺したり生き返ったりを
繰り返すゲームに興じ
暇を潰しながら

平和主義と
非核三原則を高らかに掲げた
国軍を持たない
唯一の核被爆国の民として生きている



だが、
そんな憲法の基本理念も
国家間の交渉や国連決議によって
戦争が起こる前にきっと止められる、
だからゼッタイに戦争にはならない
という前提があってのことではないか。







でももし現実に
ミサイルが落ちてきて
大切な人を喪ったら


ただ、その哀しみを
天災か事故に遭ったかのように
ウケイレラレルノダロウカ


他人や他国へ怒りの鉾先を向けて
報復のための武器を手にすることは
ゼッタイニ ナイノダロウカ


国際法に則って冷静な「交渉」を行い
平和的な解決の道を
メザスコトガデキルノダロウカ





恩返し

2017.08.07 (Mon)




30年来の友人であるOさんは
一人っ子で90を越えたお母さんと
二人暮らしだった。

先日お母さんが亡くなられた。

気落ちする間もなく
何かとバタバタしているOさんの
お手伝いをさせてもらった。
少しだけ、ホッとした。



夫が病を得てから亡くなるまで、
私には何も見えていなかった。

人の優しさを感じながらも
結局、一人で闘っていた。

何と闘っていたのかは今でもよくわからない。


夫が亡くなってしばらくしてやっと
周りで支えてくれた人たちへの
感謝が芽生えた。

この人たちに何かがおきたら
今度は自分が支えてあげられるようにと。
心からそう思った。



程なくして
自分がガンだとわかった時、
自分の人生の仕舞がつけられていない、と
恩返しが済んでいない、と思った。

さっさと病を片付けて
自由になろう、と思った。
もう、好きなことをして生きよう。

生かされていることの感謝と
お世話になった人への恩返しを
誰にも気兼ねなくやれる
本当の自由人になろう。









OさんがSNS上で、
私への感謝を語ってくれていた。


こちらこそ、手伝わせてくれて
ありがとう。
私は自由人だからいつでも声かけてね。



私の恩返しは
まだまだ、これからだ。






ブラックスワン

2017.08.06 (Sun)



直虎にはまっている。


ダークを演じる
ブラックスワンにはまっている。



守りたいものがある。

命懸けで守るべきもののために
盾になって生きる。


そんな生き方をしたいわけでも
ドラマチックな時代に憧れるわけでもない。

でも、ちょっと熱くなる。



2.jpg


かあちゃんは、くうさんを護ってあげるよー

そう言うと。
ずいぶん迷惑そうな顔をした。





台風の目

2017.07.05 (Wed)




私は
小学校の校舎の二階の
渡り廊下の手すりに掴まったまま
空を見ていた。

黒い雲の天幕が
東へ移動しながら
まん丸に空いた宇宙の入り口を運んできて
私の真上に
遠くて深い完璧な青い空が広がった。

そしてそれはまた
雲の天幕に呑み込まれていった。






それは、
あまりに古い記憶で
本当に経験したことなのか
誰かの話を自分の経験に
すり替えてしまったのか、
もう事実が分からなくなってしまっている。


台風3号が
私の住む町の真上を通る進路予想図を見た。

被害は絶対に無いほうが良い。
不安な時間を過ごす人たちが
たくさんいることを思うと
被害の有無の結果に関わらず
不謹慎で口にするのも憚られる。


でも
チョット期待してしまった。
もう一度見て見たかったのだ。





台風3号は
私の町の50キロ南を駆け抜けて行き
台風の目を見ることはなかった。

私の町では
川が氾濫することもなく
静かなで平和な夕方がやってきた。


被害に遭われた町のみなさんには
心よりお見舞い申し上げます。




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