LIVE

2017.10.16 (Mon)





二日前のこと。

いつものように蝋燭を灯して
彼らと話をした。


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少し怖かったから
勇気が欲しかったのかもしれない。

ずっとMCをしていたホームともいえるステージで
初めてのソロLIVE。

ここまで来た。
自分に必要なことは
もう
ほんの少しリラックスする勇気を
持つことだけだとわかっていたから。

大丈夫だよと
言ってほしかったのかもしれない。




ごく自然に
ここまでの自分を
振り返っていた。

夫と過ごした最期の1年5か月
猫と過ごした最期の5日間

毎日がとても大切で
一時間がいとおしくて。

生命あるものには、すべて終わりがあるのに、
そんなことはわかり切っているのに

宣告を受けて初めて
その終わりを見つめて過ごすことになった私。

精一杯、
まだ終わりじゃないと抵抗しながら、

どこかで、
この一分一秒後に
終わりが来るのかもしれないと
思いながら、

できるだけの笑顔と愛情を
注ぎ続けた時間を。



ふと、気づいた。

まだまだ元気に見える83歳の母のこと。
彼女との時間にも、
いつか、必ず、
終わりが来る、と。

あわてて、一階に降り
母に

「日曜日に歌うから。来て。」
と言ってみた。


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今日、
母は元気に歩いてやってきた。

そして私は、
初めて
彼女のために、歌った。




「あんなにたくさんの曲、
いつ作って、いつ練習してたの?」

「お母さんが寝てる時」

それだけの会話。





いい、一日だった。








曼殊沙華

2017.09.30 (Sat)





GONSHAN. GONSHAN. 何處へゆく、

赤い、御墓の曼殊沙華

曼殊沙華、

けふも手折りに来たわいな。


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GONSHAN. GONSHAN. 何本か、

地には七本、血のやうに、

血のやうに、

ちやうど、あの児の年の数。


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GONSHAN. GONSHAN. 気をつけな。

ひとつ摘んでも、日は真昼、

日は真昼、

ひとつあとからまたひらく。



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GONSHAN. GONSHAN. 何故泣くろ。

何時まで取っても、曼殊沙華、

曼殊沙華、

恐や、赤しや、まだ七つ。


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     抒情小曲集 「思ひ出」 北原白秋
           -柳河風俗詩- より

     白秋さんは
「曼珠沙華」に「ひがんばな」 とルビをうっています       
   


     

秋の夜長と数列の話

2017.09.26 (Tue)



私の住む町の夏は厳しい。

その厳しい夏の風景の中で、

蓮根畑に咲く朝の光を浴びた 蓮の花が好きだ。

泥の池に誇り高く凛と咲く蓮の花は、

煩悩にまみれた世間にあっても清廉であれと

己を戒める花であり 私の心の拠り所でもある。



しかし、しかしだ。

夏が終わるに従い、悪夢の池に変わっていく。

蓮の実の気持ち悪さは他に例えようがなく、

吐き気やめまいさえ感じるのに、

もう一度確認しないではいられないという 

恐怖の戦慄を伴う。


花の実なのだから1.1.2.3.5.8.13.21……の

フィボナッチ数列になっているのかどうかを

確認したい、という衝動にもかられるのに、

じっくりと見て触って

穴を数えきることが出来ない。



数えながら目が回り気持ち悪くなってしまうのだ。

それならば見なければいいのに。







秋は空気が澄んで星がきれいになる。

でも我が町の場合 秋が深まってしまうと

昼夜の寒暖の差で川霧が発生し 

星の見えない夜が多くなる。

だから9月がベストだ。


特に天の川銀河をみていると心が洗われる。

10月の夜空はさらに川霧で見えづらくなるが、

天の川の近くの カシオペアと秋の四角形のそばには

アンドロメダ銀河が見えることがある。

無数の光をちりばめた銀河は

美の象徴的な存在だが、

実際には無数ではない。



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では銀河にはどれほどの数の星が存在しているのだろう。

もちろんこれは数えるわけにはいかないのでネットで確認してみた。

天の川銀河には3000億個、アンドロメダ銀河には約1兆個もの星があるらしい。

もう天文学的数字だ---!(って、今天文の話だった―笑)


このアンドロメダ銀河と天の川銀河が

40億年以内に衝突することは間違いないらしい。

そうなるとどんなことが起こるんだろう。

地球上に、太陽系の星たちにどんな影響があるのだろう、

そう思ってまたネットで調べてみた。

そうしたら、

この衝突が起こる以前(予想では14億年後)には

地球上の水分は無くなって生命体が住めない地球になっているので

影響を心配するというレベルの話でもないらしい。


え-----っ?


それなら、

56億7000万年後に釈迦の生まれ変わりとなって

人々を救済するといわれている弥勒菩薩は

どこで、誰を救うのだろう....

輪廻転生を信じている私は、鳥であれ花であれ虫であれ、

その瞬間を目撃できるのではないかと思ったのに、

ショックだ。



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ところで、この56億7000万年という数字も不思議だ。


もしかして、フィボナッチ数列の中に

56億7000万に近い数字が存在するのではないだろうか。

そう思って、フィボナッチ数を単純に加算で求めていった。

数学者じゃないので実に地道な作業だ。

1+1=2 1+2=3 2+3=5 3+5=8 5+8=13 8+13=21 13+21=54 21+54=75

以外と早く結論は訪れた。
(もちろん計算機は使ったけど)


1,836,311,903+2,971,215,073=4,807,526,976(48億752万6976)

2,971,215,073(29億7121万5073)+4,807,526,976(48億752万6976)=7,778,742,049(77億7874万2049)

というわけで、

期待通りに行かなかった。



それはともかく、

この数列の生み出す

オウム貝や 

ロマネスコブロッコリーの黄金比の渦巻の形が

アンドロメダ星雲の形と共通するようにも思える。


細胞分裂して拡大していく命の形と同じように

宇宙の拡がりにも

同じ数列の美が隠されているのだろうか。



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もう 星空が曼荼羅のように思えなくもない。


56億7000万年後の世界を見られないのなら、

そうだ、また奈良へ行こう。

あの、弥勒如来に会いに行こう。






-southern cross news vol.137 寄稿文に編集を加えました-

おおのがはら

2017.09.08 (Fri)



9月8日14:00

なんとも爽やかなお天気に誘われて
ナビに「おおのがはら」と入力。

彼女のいうままに走った。





今日は誰も走ってないのだろうか?
次第に不安になる。

落ち葉や枝葉に覆われていたりする。

落石注意って書いてあっても
本当に石がいっぱい落ちている道って
経験がない。

毬栗がいっぱい落ちた道。

ウリ坊も出てきた。

空が見えない

真っ暗。

もう駄目引き返そう。

でも狭すぎる。

Uターンできるところまで行こう。







そう思っていると
必ず、穏やかな人里の風景に出逢う。

その
繰り返しで
やっと大きな道に出た。


どうやら私の来た脇道のほうには
小さな案内板が立っていて

「龍馬脱藩の道」と
手書きで書かれていた。





16:30

到着した大野ケ原は
穏やかな風と
とびっきり素敵な斜光に包まれていた。






壊れた軽トラックの中に
有名な大野ケ原ダイコン。

貯金箱の中に200円入れて二本もらう。

大きな声で「ありがとう」という。

誰もいないけど
ススキも風も青い空も
見てる気がする。





17:20
ナビに「自宅」と入力。
今度は、「道幅優先」のボタンを押して。





帰り道は
1時間15分だった。

ウリ坊に化かされたんだろうか













清楚な混沌

2017.08.18 (Fri)





興味本位で楽譜を買った。





エリック・サティの 「グノシエンヌ」。


「ジムノペディ」の官能的な感じとも異なり
シルクロードの西の果ての国から
聴こえて来るようなメロディライン。
嫌いではない。
ただ、
楽譜に小節の区切りが無い?
と知って、手に入れたくなったのだ。









確かに、最後まで小節の区切りが無い。


しかも
速度用語 のような解説が長くて中傷的。










聴いていると 音はシンプル。

黄昏時のシェヘラザードを想わせるような
清楚な踊り手が
物憂げにシルクのドレスを揺らす。

しかし
弾き手にとっては
とてつもなく広大で深淵な
混沌とした
でもどこか整然とした

宇宙空間のような一小節なのだ。






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