裁きと導き

2012.11.27 (Tue)




人は

自分を演出することができる。



他人から見た自分を

客観的に判断して

繕い続けるあまり

本当の自分とすり替えて

自分をも騙してしまえる。



過去のことなど

さも事実のように

きれいに

書き換えて物語る事ができる。









自分にとって

得なこと、ものを

与えてくれる人であれば

「いい人」となり



自分の道徳観と近似値な

同意を得た瞬間

「信頼できる人」となる



流行りのお笑い番組の

笑いのツボが

わかっていることで

自分を

疑いようのない「常識人」であると

自信をもっていたりする




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そうした

悪意のない偽善が

良心的で一般的な判断基準として

まかり通っている世界で





何人もの人が

物語ることばの断片から

事実をさがして

つなぎ合わせても

それを

真実と判断できるのだろうか




私は

その人の本質を判断できるのか




私は

その人の何を裁こうとするのか




私は

その人を追い詰めずに

過ちだけを指摘し

導きうるのだろうか





そもそも私は

検察側でも弁護側でもなく

ただ

あなたの味方よ、と

叫びたいけれど




そんな私こそ、

自身が可愛いが故の演出だと

自嘲するほかにない



おまえはそんなに偉いのかと





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そうして

私の心の声は

疑問符と×印だらけで





何も

なんにも

言葉にならない









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コメント
書かれていることに、共感!めちゃくちゃ共感!
マリわたなべ | 2012.11.27 22:56 | 編集
共感、ありがとう。
自分は偽善の塊なのに
人を裁くような仕事、ちょっといやになってます(+_+)
裁くのではないと、真実を見極めるのだと
自分に言い聞かせていますが、自分自身への疑念が
止むことがありません。ジレンマですね。
くうかいのかあちゃん | 2012.11.27 23:00 | 編集
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