宿題

2013.02.19 (Tue)

私は、
49日法要の日、
和尚さんから
宿題をもらいました。



「花は何故美しいのか」







花の命は短くて
まもなく散るものだから
人は
萎んで欲しくない
散って欲しくないと
願いながら愛でる。

でも花は、
ただ、無心に咲き、
ただ、散ってゆく

そこには
もっと咲いていたいという
未練も執着もない。

咲いた、
受粉した
だから萎んでゆく、
散ってゆく
それだけなのです

命を引き継ぐために咲き、
目的を果たせば
惜しげもなく萎んで散ってゆく。
それこそが、
生の営みの本質なのかもしれません。

でも、人は、
命の「意味」を
考えてしまう生物。

命に限りがあることも
花の散りゆくさだめも
知っていて
花に
潔ささえ感じていても

花のように
ただ、生きる
という覚悟もできず
未練も執着も捨てられず
あらゆる煩悩から逃れられないまま生きている


もっと長く生きられるはずだと
もっと楽しくいきられるはずだと
根拠のない思いこみで
日々をやりすごしながら
自分の人生には
何か意味があるはずだと
出せない答えを求めて漠然と過ごしていたりする

そうして
終わりのない煩悩と
自責の念の狭間で
純粋な生の営みに出逢うと
「美しい」
と定義してしまうのかもしれません。


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では、
花は、はたして本当に
美しいのでしょうか。

花が美しいという定義は
私のモノ。

私が感じて、
私のココロに刻まれて、
初めて完結する
わたしだけの「美」
なのかもしれない。

花の美には
美しいと感じる第三者が必要なのです。

人の「命」についても
同じではないでしょうか。


誕生の瞬間の心震える感動。
終わりゆく命から伝えられるメッセージ。

「命」のその始まりや終わりに
何かを感じる人がいて
初めて「命」が尊いものになるとしたら、


自分に残された時間を
どう過ごすか、
その命から受け取ったメッセージを
心に刻んで生きる人がいることで
その「命」の意味が
完成するのかもしれない。


花の命は短い。
ただ、咲き
ただ、散ってゆく。

そして

私はその花を
「美しい」と思った。

私はその散り際を
「立派だった」と見送った。

そして
私はその「美しさ」を
忘れないでいようと思う。

それが、
全てなのかもしれません。













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コメント
ほんとうに素晴らしい記事ですね^^
涙が出そうになりました。
空花 | 2013.02.20 21:44 | 編集
とうちゃんが亡くなって
季節が一回りしようとしているのに
宿題が未完成なのです。
折に触れ
花の美しさの意味を
考えつづけています。
くうかいのかあちゃん | 2013.02.21 21:16 | 編集
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