バスの中で

2014.02.10 (Mon)
日本全国が雪にまみれたその日
温暖なその町にも
雪は舞っていた


スクランブル交差点
行き先を急ぐ車が作る
風に乗って
雪は舞い上がり
私の乗ったバスは
その雪をくぐり抜けるように
左に曲がろうとしていた。






20年前、交差点に停まった
ロードスターの二人。

「この辺を毎日通ってたよ。」

「バス通学って楽しかった?」

「楽しくはないよ。毎日同じ風景を
ただぼんやり眺めているだけ。
でもあの交差点では 必ず見てたんだ。
芥川印刷所。
塀の中にクラシックカーがあって
おじさんがときどき磨いてた。
バスだと見えたんだけどなー
今もあるのかなーあの車...。」







  隣町からバス通学している
  高校生の男の子。
  無口で友達も多くない少年。

  バスが一便遅れただけで
  何かあったのかと母が心配するほど
  毎日正確な時間に帰宅する。

  その少年は朝夕
  信号待ちの長いその交差点で
  ある庭先を覗き込むことだけを
  日課にしていたのだ。



運転席の彼は
その時、憧れのクラシックカーの
車名を口にしたと思う。
残念だが私にその記憶がない。
ただ、文学好きの私には
「芥川」印刷所という名前のほうが印象的で
その記憶が勝ってしまった。

印刷所の表札はあるが
煉瓦色の瀟洒な洋館風の住宅。
庭には大きな木があり
夏には茂った葉が
車を覆う木陰を作っていた。

その後その交差点で
彼に「車、見える?」
と聞かれ
助手席の私は
背筋を伸ばして
のぞきこむのだが
車高の低いロードスターから
塀の中は見えなかった。






寒さに不馴れな街の人々が
風を避けるようにしながら
皆一様に
首をすくめて信号を睨んでいる
一等地のスクランブル交差点。

左折しながら
さらに大きく雪を舞いあげるバス。

私は彼の少年時代の記憶を
辿ろうとした。

どこ?

角に高級ブランド時計店のビル。
隙間なく
高層マンションやオフィスビルが建ち並び
交差点の周囲は
ギッシリと覆い尽くされている。

空を背景にしているはずの
庭木や煉瓦色イメージの住宅は
どこにも見つけることが
できなかった。

この場所ではないのだろうか。

あまりに記憶の風景とかけ離れた
交差点を通り過ぎながら
なんだか総てが物語みたいに
もやっとしたものに感じられはじめた。



時は移り
風景も変わった。

私の中に遺された少年の記憶も
私自身の記憶も
少しずつ溶けて
いつか
音もなく消えていくのだろうか。



バスの窓に付いた雪が
滴になって流れてゆく。

立春を過ぎても
本当の春は
まだ遠い。











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