携帯電話

2014.06.17 (Tue)
携帯電話の登場は
世界の人の価値観を変えたのだろうか。

先日、不思議な映像を見た。

多分その人は
世界の果ての少数民族。
矢じりのようなものを持ち、
手織りの小さな布を腰に巻き、
その日の狩りの獲物を担いで帰り、
上半身裸で子供に乳を与えている妻に
誇らしげに渡した。
そこは、土と草でできた家。
暗い土間で肉をさばき
バナナの葉にくるんで
料理を始めた妻のそばには
灯りも水道もない。

それなのに、それなのに、
彼は獣の皮で作ったポシェットのようなものから
大事そうに
携帯電話を出してきた。
よく見ると
家の前の畑にソーラーの受信システムがあった。

   *  *  *

アジアのある国では
国民の80%の世帯が携帯電話を所有するまでになった、
というニュースを聞いた。
その一方でその国は
50%の世帯で自宅にトイレは無く、
外で、(道や公園の茂みや建物の陰で)
排便するのが当たり前。
そのため、衛生上の問題から、
伝染病が撲滅できず世界保健機構が
トイレの普及を訴えているという。





私が幼いころ、
土道に馬や牛が歩いていた。
自宅前の国道が舗装された。
父が車を買い、
家にはカラーTVが来た。
洗濯機が全自動になった。
水洗トイレになり
高速道路が通り、
DOSコンピュータを使った。
Windowsになった。
ポケベルが社会を席巻し
携帯電話が取って代わり、
スマホになった。

私はいつも
享受する側の人間で、
何一つ開発していない。
それでも、
私たちの20世紀に
生み出される新しいものを
ひとつづつ手にして
少しづつ
便利に、豊かになっていくことが
幸せに思えた。
どこか誇らしささえ感じていた。




彼らには、
下着よりも 携帯電話が必要だったのか。
電気やトイレを設置するよりも
携帯電話は、
優先順位が高いものなのか。

人類は引き返せない。
20世紀の人間の辿った道は
21世紀に辿ることはできない。

それでも
人類共通の価値観は、
安心、安全、健康が侵されない
ほんとうの豊かさの上にある
そう、信じていたいけれど。






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