カラスと呼ばれる少年

2015.10.05 (Mon)





ガレージに車を泊めた私は、荷物もそのままに
二階の玄関へ階段を上がった。

開錠してドアを開ける。
点灯。
そして----
キャットウォークで近づいてくる姿。
「お帰り」と背伸びのあいさつ。

私は靴を脱ぐのも忘れて駆け寄り
彼を抱きしめて
もう一度、泣いた。
「ただいま」



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私は、彩の国芸術劇場の裏出口で
余韻を楽しんでいた。

原作が好きな作品の場合、
映画化やドラマ化に期待しないことにしている。
しかし、今回は違っていた。
原作を3度読んだ私の、作品へのイメージは
まったく壊されなかった。
それどころか
複雑にリンクしてゆく物語をわかりやすく、
そして原作に忠実に、描き上げたその演出力。
時空を超えた漆黒の宇宙に
飛び出す立体絵本を開いたかのようで。







私のすぐ目の前には、スタッフ用ケータリングの車。
余韻を楽しんでいた私は
『カラスと呼ばれる少年』が地面に座って
軽い食事をとりながら休憩していることに気づいた。
彼にはまだ夜の舞台があるのだ。
邪魔はしたくない、でも
「最高でした」くらいの声をかけて立ち去ろう。
そんなことを考えた。







「そんなに渇いた咳ばっかりして、もう行くのやめたら?」
なんども母に忠告された。それでも
やっと手にしたチケットだからと
旅を強行してきた。
心配かけてるかな、ふと思って、携帯を手にした。


「ちょっと―。大変だったのよ―。もう。くうちゃんがね、
何回も吐いて、軟便がでたでしょ―。
そのあとだから、心配になって病院連れていってね.......」

      それで―?

「絶食させなさいって言われて―。カイ君のことがあったから、
またあんたが帰ってくるって言うと思って
連絡しなかったんだけど―。もう心配で心配で―。」

     結論から言ってよ!
母の言葉をさえぎって 私は大声を出した。

そう忘れもしない、昨年の7月の祇園祭の旅。
私はもう一匹の猫、カイ君が危篤状態という連絡を受けた。
旅を切り上げ、飛び乗った新幹線とJRの6時間を
泣き続けて帰宅した。
4日間添い寝して見送った。哀しい夏だった。

       また―?

心臓が張り裂けそうだった。
母の要領を得ない言葉が喉の奥を締め付けた。

「くうちゃんは元気よー。そんないい方しなくていいじゃない。
心配だったんだから。
お医者さんには心配ないって言われて、
連れて帰ってちょっと絶食したあと
お薬混ぜたご飯たくさん食べて、うんちも普通で。全然元気....」

恐怖から解放された瞬間、
私は彩の国さいたま芸術劇場の裏手の壁につっぷして
おいおいと、大声で泣いていた。
かなり長い時間だったと思う。

リュックを下して革ジャンを脱いだ。
鼻をかんで眼鏡を拭いて
水筒のお茶を飲んだ。





風を感じた。
空は高くて、
細かな羊雲が光っていた。
ハナミズキの赤い実が揺れていた。

左のベンチで語り合う二人連れ
駐車場への出口へ急ぐ人
喫煙コーナーで余韻の煙を吐き出す人

そして目の前にで
『カラスと呼ばれる少年』が食後のジュースを飲んでいた。

目が合ってしまった。

恥ずかしさで
その場を逃げるように後にした。





「キミはみごとな泣きっぷりだった」

『カラスと呼ばれる少年』が
後ろからささやいてくれたような気がした。























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