心の終戦

2017.08.17 (Thu)




DVDに撮り溜めた
終戦記念日前後の
NHKのドキュメンタリー番組を
ひたすら観た。


「戦争」という狂気の中で
生きることは、
敵を殺すこと。
そして
戦争を生き残って、
「戦後」を生きるということは、
自分のココロを殺すこと。

そう、認識した。










私たち現代日本人の多くは
殺したり生き返ったりを
繰り返すゲームに興じ
暇を潰しながら

平和主義と
非核三原則を高らかに掲げた
国軍を持たない
唯一の核被爆国の民として生きている



だが、
そんな憲法の基本理念も
国家間の交渉や国連決議によって
戦争が起こる前にきっと止められる、
だからゼッタイに戦争にはならない
という前提があってのことではないか。







でももし現実に
ミサイルが落ちてきて
大切な人を喪ったら


ただ、その哀しみを
天災か事故に遭ったかのように
ウケイレラレルノダロウカ


他人や他国へ怒りの鉾先を向けて
報復のための武器を手にすることは
ゼッタイニ ナイノダロウカ


国際法に則って冷静な「交渉」を行い
平和的な解決の道を
メザスコトガデキルノダロウカ





恩返し

2017.08.07 (Mon)




30年来の友人であるOさんは
一人っ子で90を越えたお母さんと
二人暮らしだった。

先日お母さんが亡くなられた。

気落ちする間もなく
何かとバタバタしているOさんの
お手伝いをさせてもらった。
少しだけ、ホッとした。



夫が病を得てから亡くなるまで、
私には何も見えていなかった。

人の優しさを感じながらも
結局、一人で闘っていた。

何と闘っていたのかは今でもよくわからない。


夫が亡くなってしばらくしてやっと
周りで支えてくれた人たちへの
感謝が芽生えた。

この人たちに何かがおきたら
今度は自分が支えてあげられるようにと。
心からそう思った。



程なくして
自分がガンだとわかった時、
自分の人生の仕舞がつけられていない、と
恩返しが済んでいない、と思った。

さっさと病を片付けて
自由になろう、と思った。
もう、好きなことをして生きよう。

生かされていることの感謝と
お世話になった人への恩返しを
誰にも気兼ねなくやれる
本当の自由人になろう。









OさんがSNS上で、
私への感謝を語ってくれていた。


こちらこそ、手伝わせてくれて
ありがとう。
私は自由人だからいつでも声かけてね。



私の恩返しは
まだまだ、これからだ。






ブラックスワン

2017.08.06 (Sun)



直虎にはまっている。


ダークを演じる
ブラックスワンにはまっている。



守りたいものがある。

命懸けで守るべきもののために
盾になって生きる。


そんな生き方をしたいわけでも
ドラマチックな時代に憧れるわけでもない。

でも、ちょっと熱くなる。



2.jpg


かあちゃんは、くうさんを護ってあげるよー

そう言うと。
ずいぶん迷惑そうな顔をした。





台風の目

2017.07.05 (Wed)




私は
小学校の校舎の二階の
渡り廊下の手すりに掴まったまま
空を見ていた。

黒い雲の天幕が
東へ移動しながら
まん丸に空いた宇宙の入り口を運んできて
私の真上に
遠くて深い完璧な青い空が広がった。

そしてそれはまた
雲の天幕に呑み込まれていった。






それは、
あまりに古い記憶で
本当に経験したことなのか
誰かの話を自分の経験に
すり替えてしまったのか、
もう事実が分からなくなってしまっている。


台風3号が
私の住む町の真上を通る進路予想図を見た。

被害は絶対に無いほうが良い。
不安な時間を過ごす人たちが
たくさんいることを思うと
被害の有無の結果に関わらず
不謹慎で口にするのも憚られる。


でも
チョット期待してしまった。
もう一度見て見たかったのだ。





台風3号は
私の町の50キロ南を駆け抜けて行き
台風の目を見ることはなかった。

私の町では
川が氾濫することもなく
静かなで平和な夕方がやってきた。


被害に遭われた町のみなさんには
心よりお見舞い申し上げます。




46年

2017.06.07 (Wed)





「非公然」


名詞として扱うと
「中核派」「革マル派」「赤軍派」....
そういう非公然活動の団体、人を
指すこともあるらしい。

昭和30年代に生まれ、
新聞販売店に育った私は
好奇心にあふれた多感な時期に
新聞の一面を飾っていた
これらの組織の略称名詞を
よく覚えている。

「中核派」という組織が
起こした事件の
主犯格とおぼしき人物が逮捕された。

46年間
お尋ね者のポスターに写真が掲載され
賞金もかけられていた人だ。

極左といわれる
この組織の思想も活動方針にも
興味はない。
もちろん
活動に参加したことがあるわけでもない。

ただ
46年を
長い時間だと思った。





私の読書対象が
おとぎ話から現代私小説文学に
大きく舵を切ったのは
小学6年生の時だ。

当たり前のように
学生運動に傾倒し
ヘルメットと覆面の三角巾をして
ゲバ棒を振り回しているかと思えば
純喫茶の窓辺の席で
ボードレールの詩集を読んでいる女学生に
ココロ惹かれていたりする
そんな主人公たちの
眩しい青春の日々が繰り広げられる
現代私小説の世界。

その
何かに抵抗するように生きる
エネルギッシュさと
自由な時間を贅沢に持っているのに
金銭的には貧乏な
「大学生」という あいまいな時間と
その背景となっている東京という街に
漠然と憧れる少女だった。

自分も19歳になったら
東京の片隅の安アパートに棲む
貧乏大学生になって
学生運動をしているのだと
思っていた。

だが
実際に19歳の私は
東京には行けず、
京都の学生になった。

学生運動家たちの抵抗するものは
すでに国のあり方や社会の思想ではなく
学費問題や研究費の使途追及などになっていた。
キャンパスの隅っこで
独特な文字で看板を描いているだけの
活動家たちに
魅力を感じることはなかった。





彼ら非公然活動家に
目を光らせているのは「公安」。

「公安」こそが、
非公然な活動と言えるのかもしれない。

こうした非公然活動団体に詳しい協力者や
工作員を潜り込ませる
スパイ活動も含まれていたりするらしい。

「公安」の一員であることは
家族にも知らされない。
家族と写真も撮らない
写真の嫌いな偏屈パパ(ママ)としての人生を送り、
秘密は墓場まで持って行くのだそうだ。

いずれにしても
一つの事件の背後に

息をひそめて逃げ続ける人と
家族にも秘密のまま
隠れた男を追い続け、退職を迎えた人

その両方の
46年分の人生があるということに
言いようのない重みを感じた。








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